はじめに
こんにちは、UKIと申します。
筆者が2016年2月から運用を行っている日本株の資産運用システムにおいて、このたび累積獲得損益が1億円を突破しました。
この資産運用システムは、日中の株価の値動きを予測して売買シグナルを出すというものですが、その値動き予測にAIを活用しています。
今回の記事では、その手法の概要を紹介し、AI投資の今後の展望についてお話したいと思います。
筆者について
筆者は元々、兼業投資家としてシステムトレードを中心に資産運用を行っていました。システムの開発と運用により注力するため、2014年に法人化して資産運用を事業化しました(そのときのスタートアップ資金は5000万円でした)。
現在は日本株と仮想通貨を中心に運用を行っていますが、日本株の運用では年利40%を目標としています。
AI投資に至った経緯
筆者がAI投資に興味を持ったのは2015年頃になります。
当時、筆者は構築した運用システムが実運用の際に劣化してしまう問題(汎化性能と呼びます)に直面していました。
これを対策すべく様々な文献を調査したところ、AI(機械学習)の手法の1つとして汎化性能の劣化を防ぐ方法があることが分かりました。運用モデルにAIを適用したところ良好な結果が得られたため、2016年2月にAIを織り込んだシステムの運用を開始しました。
2016年にはアルファ碁がきっかけとなり、AIを投資分野に活用することが注目を集めることになりました。
アルファ碁が韓国のプロ棋士イ・セドル九段に勝利したことで、AIが秘めている可能性に注目が集まり「AIがファンドマネージャーに取って替わる」という記事が出回るようになりました。
そこで筆者も2016年以降は汎化性能向上の目的だけではなく、投資におけるAIの様々な適用可能性について独自に研究に進めるようになりました。
これまでの筆者の研究成果は当ブログや筆者のnoteで公開していますので、さらに興味のある方はぜひご覧ください。
次章以降、筆者の構築したAIシステムの概要を説明していきます。
AIシステムの概要
筆者の運用システムでは、「ある運用モデル」によって出される売買シグナルを元に、機械的に銘柄を売買します。
この運用モデルの構築にAI(機械学習)を使っています。
(1)投資対象(ユニバース)
システムの投資対象は、TOPIX500と呼ばれる東証1部の大型500銘柄です。
これらの銘柄は流動性が十分に確保されており、マーケットインパクト(自身の注文が市場価格へ与える影響)が小さく、取引執行時のコストを最小限に抑えることができます。
ほぼ全ての銘柄で信用売りすることができ(新興銘柄だと信用売りできるのは3割程度です)、突然の取引規制が入ることも少なく、実際に運用した際の機会損失も最小限に抑えることができます。
(2)入力データ(特徴量)
株式市場の市況や各銘柄の騰落状況、財務情報などのデータを利用しています。
使用している特徴量の総数は39であり、これらの特徴量は財務情報の算出上の仕様や指数構成比率等の市場構造に関連するドメイン知識をベースとして丹念に前処理しています。
これらのデータはWeb上で入手できるものばかりであり、特殊なデータ(ニュースや画像などの非構造化データ)は一切含まれていません。
(3)機械学習モデル
上記のデータを機械学習にかけて価格の予測モデルを構築します。
予測モデルの構築にはLASSOという機械学習手法を使用しています。マシンパワーの要求されない非常に簡素な手法です。ただし39もの特徴量を単純に入力しただけでは当然ながら良好な結果を得ることはできません。
予め特徴量同士を線形回帰して相関や残差を取るなど、階層的なモデル構築を行っています。この辺りの階層モデルには伝統的なクオンツ運用の考え方が多分に織り込まれています。
(4)売買シグナル
上記の構機械学習モデルに従い、毎朝その日に売買する銘柄が提示されます。
単純に株式を買い入れるだけでなく、信用売りも組み合わせることで市場の下落局面でも利益を出すことができます。売買は日中だけであり翌日に持ち越すことはしません。
翌日に持ち越すとNY市場の急変により損失が発生する場合がある、信用取引のコストが増加してしまうなどの理由がありますが、何よりもデータの新鮮味が薄れてしまうためです。
価格の予測性能には極度に減衰期間が存在するため、仮に持ち越すのであれば引け時点での情報更新が不可欠であり、それが円滑に行えないためです。
(5)発注
上記の売買シグナルに従い機械的に発注を行います。筆者は発注作業を自動化しています。この自動発注とは機械学習とは全く関係なく、ただただ指定した銘柄をWeb上で発注するだけのツールを自作し使用しています。
売買銘柄数は日によって変動がありますが、最大で160銘柄(TOPIX500のおよそ1/3)を売買しています。手作業での発注はできません。自動発注が不可欠なのです。
AIモデル構築における留意点や、運用モデル構築に使った具体的なAI手法については以下のリンクをご参照下さい。
運用成果(2016年2月~2020年3月)
本システムによる運用結果は当ブログにて逐一報告してきました。下図は本システムによる累積獲得利益の推移(図1)を示しています。
また株式市場自体のパフォーマンスと比較するために、同一期間における本システムおよび日経平均の利回りも記載しました(図2、2016年2月1日を1とする)。
期間中の日経平均の値動きに着目すると、2017年末ごろまではそこそこパフォーマンスが出ていたのですが、2018年以降は横ばい、さらに直近のコロナショックによって大きくパフォーマンスが劣化している様子が分かります。
一方、本システムではほぼ一定の傾きでパフォーマンスを積み上げることができています。また、直近のコロナショックでも、市場リスクを回避して大きくパフォーマンスを伸ばすことができました。
この獲得利益によって、累積利益1億円を無事に突破することができました。
図1.本システムによる累積獲得利益の推移
図2.本システムと日経平均の利回り比較(2016年2月1日を1とする)
AI運用は本当に儲かるのか
このような結果を出せたことは、AIシステムの開発者として喜ばしい限りです。
一方、市場に出回るAI投資系の商品を眺めてみるとどうでしょうか。
いまのところ、市場に出回るAI投資系の商品の中で、目覚ましい結果を出しているものはないようです。
理由としては、AIというレッテルのみ重視して中身は従来の投資手法から刷新されていない、説明可能性が要求されるため完全にAIドリブンにできない、などが挙げられますが、一番重要なことは「投資におけるAIの使い方には非常に勘所が要求される」ということです。
AIを使って精度の高い運用モデルを構築しようという試みは殆どの場合で失敗に終わるのです。
この理由として、株式市場の構造は時系列で変化するため特定の期間の詳細なモデル化は将来に渡って機能しない、フィナンシャルデータは過分散(S/N比が低い)で統計的エラーが起こりやすくモデリングが非常に難しいことが挙げられます。
より詳細はこちらのエントリーで考察していますので、ご参照ください。
AIの持つアドバンテージは何か
株式運用では単純にバイ&ホールドによって安定的に利益を得ることは困難です。堅調とされる米国株インデックスへの投資も、今回のような暴落によって大きく影響を受けます。
安定した運用を行うためには、利益の源泉となる何か(これをエッジと呼びます)を自分自身で見つけ出す必要があります。ここで役立つのがAIによる質の高いサーベイです。
AIを使って複雑なモデルを組むのではなく、世の中に溢れる様々な事象を構造化することでこれまで認知されていなかった収益の機会が発見できる可能性があります。
より詳細はこちらのエントリーで考察していますので、ご参照ください。
AI投資の今後
現時点で全てを任せられるAI投資というものは存在しません。
現時点におけるAI投資とは、人間が勘所を持ってAIを「効果的に適用」することでパフォーマンスを向上させているに過ぎないのです。
しかし、一方で自立したAI投資システムの開発を進めているヘッジファンドも存在します。市場の新規データを逐次取り入れて再学習するフレームワークを採用し、その学習結果自体もAI自身が判断するための技術が開発されています。
そのようなファンドはいずれ数千を超える戦略をAIが自動生成し、大きな運用資金を極限まで分散させて市場にわずかに点在する利益の源泉を根こそぎ刈り取ってくるかもしれません。
これは近い将来に起こりうる現実だと筆者は考えています。
皆さんがAI投資に手を出すなら
最後に読者の皆様がもしAI投資を行うのであれば、どのような手段が考えられるか触れておきます。
(1)既存のAI投資商品を頼る
これには細心の注意が必要です。一般的なAI投信やロボアドを見てみると、従来の投資商品をアウトパフォームしているものはごく少数ですし、悪質な商材も多数見掛けます(AI×投資は商材屋にとって絶好のワードである)。
本当に儲かるAI投資手法(特にキャパが小さく利益率の高いもの)なんてものが市場に出回るとは考えないほうがよいでしょう。
(2)流通しているAIツールを活用する
例えばニュースマイニング(ニュースから有益な情報や注目銘柄を抽出する)などのメジャーなAI技術は、自身で構築するよりも既にオープンに提供されているものを利用したほうが手っ取り早いです。
また最近では各証券会社が様々なAI投資ツールを提供しています。これらにどれほど収益機会が残されているか分かりませんが、自身の運用を効率化する上で有用であることは確かです。
こちらのエントリーも併せてご参照ください。
(3)自身で機械学習モデルを構築する
AI投資によって本気でパフォーマンスを追求するのであれば(市場に残された収益機会を回収するのであれば)、自身で機械学習モデルを構築するしかありません。
機械学習を始めること自体はそれほど難しいものではありません。最近ではファイナンス関連の機械学習本がいくつか出版されています。
大事なことは、単にデータをイジるのではなく、投資対象およびその背後にある市場構造に興味を持ち、ご自身で試行錯誤を繰り返すことだと思います。
安定運用までの道のりは険しいのですが、チャレンジする価値は十分あると思っています。
ご興味をお持ちの方は、より専門的になりますがこちらのエントリーもご参照ください。下記のエントリーは、筆者がこれまで書いた記事の中でも特に力を入れたものです。
おわりに
今回の記事では、筆者の運用システムの概要と、AI投資の今後の展望についてお話しました。
資産運用、またはAIの活用方法に少しでも興味のある読者の方々にとって、本記事が参考になれば幸いです。
本運用システムの成績公開は、いったん本エントリーで終了する予定です。
AI投資、その他資産運用に関するトピックは、今後も本ブログやnoteで更新をしていきますので、お楽しみにしていてください。
ご意見・ご感想・お問い合わせ等ございましたら筆者twitter(@blog_uki)までお願いします。