最近になってAI投資に関する調査研究を再開しています。
再開後のブログ第一弾として、世界初のAIヘッジファンド(と言われている)、リベリオン・リサーチについての調査分析結果を報告します。
当ブログ執筆にあたってリベリオン・リサーチ広報担当の方とコンタクトを取りましたが、現時点で連絡が途絶えています(月次利回りのデータ等を頂く予定でした)。再度連絡が取れるようになればブログ記事も更新していく予定です。
1.リベリオン・リサーチとは
リベリオン・リサーチ(以下リベリオン)は以前に当ブログで紹介したセレベラム・キャピタルと同じく、2010年にWSJにてその存在が報じられました*1。人間の意思を介さず人工知能に完全に従うファンドとしては、世界初のファンドだと考えられています(セレベラムよりもリベリオンのほうが創業が早い)。
リベリオンは2005年、4人のメンバーによって創業されました(スペンサー・グリーンバーグ、アレクサンダー・フライス、ジェレミー・ニュートン、ジョナサン・スタージェス)。そして2007年1月、満を持して資産運用の人工知能プログラム「スター」が稼働開始しました。当初の運用資産は200万ドルでした。
「スター」は稼働開始の翌年に発生したリーマンショックを乗り越え、2010年までにS&P500を年率で10%以上アウトパフォームするという快進撃を見せます。リベリオンの運用資産は2010年に700万ドル(WSJより)、2016年1月には2000万ドル(SEC届出資料*2より)まで大きく伸びることになります。
直近の利回りはS&P500に対してほぼ同じレベルで推移しており、運用資産は2018年1月には1700万ドル、2019年1月には900万ドルと減額しています。ファンドの規模としては小型に分類されます。
2.ファンドの特徴
本章では、いくつかの資料を元にリベリオンの特徴を取りまとめます*3*4*5。
(1)「スター」という人工知能
・とにかく予測スパンが長いことが特徴。通常、時間軸が長くなればなるほど予測は難しくなる。リベリオンのポートフォリオの平均保有期間は4ヶ月、長いものは2年以上にもなる。
・1つの意思決定に30~40のファクターが使われる。状況により異なる。
・53ヵ国以上の株式、債券、商品、通貨について学習する。直近20年間の伝統的なデータ(マクロ、ファンダメンタル、テクニカル)を使う。
・データは毎日アップデートされ、その日に買うべき銘柄がデスクトップに示される(たいていの場合、前日と同じ銘柄なので組み替えは発生しない)。
(2)ポートフォリオ構築フローチャート
リベリオンは「A.I. Global Equity」、「A.I. 0 BETA Global Absolute Return Strategy」の2つのファンドを運用しています。両者ともに「スター」による予測リターンが使われています。
(i)53ヵ国以上の経済データを監視し各国の相対的な強さとリスクをランク付けする(参考指標:GDP、消費、小売売上高、低PER、ヒストリカルマーケットリターン)
(ii)それぞれの国についてGICS10セクターのファンダメンタルな強さを観察する(参考指標:M&A、消費者需要、モメンタム、低いコモディ感応度)
(iii)最も良い国、最も良い産業を特定した後、純利益やキャッシュフロー、バランスシートから見通しの良いビジネス分野を特定する(参考指標:キャッシュフロー成長率、EBITDA、自己資本構成、相対バリュー)
(iv)ポートフォリオを構築する
・A.I. Global Equity:レバレッジを掛けない。ショートもしない。現金保有もしない。100~125銘柄を常時保有する。
・A.I. 0 BETA Global Absolute Return Strategy:投資対象は為替、コモディティ、債券、株式。現物でなくETFを使って等価的なエクスポージャーを実現する。20~30のETFを組み合わせる。ショートはしない。
(3)機械学習手法と勘所
リベリオンの機械学習は、ベイズ学習がベースとなっています。フィナンシャルデータの持つ不確実性を第一に配慮した手法であり、私が構築している日本株AIモデルと近しい考え方を持っています(ターンオーバーの期間だけ大きく異なります)。
「スター」は全ての銘柄について予測リターンの確率分布を算出します。単純に予測リターンの期待値が大きい銘柄ではなく、その予測リターンのポジティブスキューに対してベットしているものと考えられます(このあたりがベイズ学習ならではの考え方です)。
またベイズ学習の最大の利点の1つとして、原理的に過学習しないと言われる点が挙げられます。これはリベリオンも資料にて「過剰最適化の対策のためにベイズ学習を使う」とわざわざ記載してます。同様に多数のデータを扱う際に生じるデータ・スヌーピング・バイアスの問題に対しては、「どの意思決定にも30~40のファクターを使うことで紛れ込んでしまった粗悪なファクターの影響を軽減する」という分散的、事後的なアプローチを取っています。
以下、リベリオンのAI運用に関する考え方を引用します。
・スターはいくつもの市場や経済情勢に対応できるフレキシブルなフレームワークを備えており、時事のリーディングスタイル(バリュー、グロース、モメンタム、マクロ)に則った投資を行うことができる。
・AIの付加価値は、動的に感情を挟むことなく経済情勢や投資手法の見通しをシフトできること、常に増えていく日次データの扱い方を学習していくことができることだと考えている。
3.運用成績
本章では、リベリオンの2つのファンドの通算利回りを見ていきます。また、参考として日本国内のAI関連ファンドとその成績の比較を行います。
(1)A.I. Global Equity
Global Equityは運用開始後、2010年まではS&P500を年平均10%アウトパフォーム、2013年までは年平均7%アウトパフォームするという素晴らしい成績を収めています。2014年以降はS&P500とほぼ同等の利回りです(下左図)。
また、国内AI関連ファンドと比較としても大きくアウトパフォームしています。ベータを排除しない通常の株式運用戦略では、少なくともS&P500と同等以上のパフォーマンスを出さなければファンドとして意味がないと考えています。この点からリベリオンは運用開始以降、十分なパフォーマンスを発揮していると言えるでしょう。
参考までに手数料は、リベリオンが1%、国内ロボアドが1%と同じ水準となっています。
左図:通算利回り、右図:国内AI関連ファンドとの比較
(2)A.I. 0 Beta Absolute Return Strategy
Absolute Return Strategyの運用開始後の平均年利は3.4%となっています。絶対収益追求型の運用戦略では、少なくとも右肩上がりになることが求められます。利回りは若干物足りないかもしれませんが、Absolute Return Strategyも及第点だと思います(少なくとも国内AI投信と比べると遥かに優秀です)。
参考までに手数料は、リベリオンが1%、国内AI投信が1.296%となっています。
左図:通算利回り、右図:国内AI関連ファンドとの比較
4.「スター」を分析する
(1)「スター」の持つマーケットインサイト
「スター」の意思決定はブラックボックスになっており、創業メンバーでもその意図を汲み取ることが難しいようです*6。ですが、「スター」のマーケットインサイトを推定する方法として、ポートフォリオリターンと市場リターンのベータ値を観察することが挙げられます。
上図は2007年から2011年までのポートフォリオのベータ値を示しています(文献4より)。リベリオンのGlobal Equity戦略はロングのみでフルインベスト(キャッシュを持たない)のため、「スター」が市場下落局面だと判断した場合は影響を軽減するため低ベータ銘柄を買い漁るしかありません。その半面、上昇局面になるとベータ値の高い金融株などの組み入れ比率が高まり、結果として「スター」のマーケットインサイトに応じてポートフォリオベータが変動することになります。
このグラフは是非とも文献6と照合しながら観察してもらいたいです。2007年時点で先の金融危機を予測して低ベータへシフトし、2009年に底値付ける直前から高ベータへシフトする様が創業メンバーの心理とともに描かれています。「スター」はこの挙動を元にリーマンショックを経て、S&P500を大きくアウトパフォームしたのでした。
(2)「スター」が見ているもの
ここから本格的に「スター」の分析に取り掛かります。上グラフの画像データを数値として取り込み、様々なマクロ指標との関連を統計的に調査します。もしも「スター」のポートフォリオベータの動きと関連のあるマクロ指標が発見できた場合、「スター」が何を判断根拠としているか分かるかもしれません。ここでは私の経験上から選抜した12のマクロ指標(株式3、金利4、為替3、コモディティ2)について調査を行いました。
結論として金利系のマクロ指標のt値が大きく、何らかの関連がある可能性が示唆されました。その中でも最もt値の大きかった以下のマクロ指標が非常に興味深い動きを示しています(その他の指標ではこれほど視覚的な動きは見えませんでした)。
これは「TEDスプレッド」です。すなわち3ヶ月物米短期国債利回りと3ヶ月物ユーロドルLIBOR金利のスプレッドです。一般に世界の金融市場で信用不安が高まると、信用度の高い米国債が買われて利回りが低下する一方で、ユーロドル金利は信用コストの高まりが懸念されて上昇してTEDスプレッドは拡大します(上図の基準だと下方向に動く)。逆に金融市場の信用不安が後退するとTEDスプレッドは縮小します(上図の基準だと上方向に動く)。
これだけのデータで判断することはできませんが、「スター」はこのようなマクロ指標を元に市場動向を判断している可能性は十分にあると考えています。
5.おわりに
今回リベリオンの調査分析にあたり、長期予測は非常に難しいものだと再認識しました。予測が長期になるにつれて因果関係は薄れ、外乱が大きくなるからです。
リベリオンの「スター」の動きはとても合理的に見えました。平常時はS&P500の成績を同程度の利回りをトラッキングし、リセッション~景気回復のサイクルを経て確実に市場インデックスをアウトパフォームするのです。次回の景気転換時に「スター」がどのような挙動を示すのか、非常に楽しみです。
6.参考文献