次はHFTの話に移ります。
HFTという言葉に注目が集まったのは、やはりマイケル・ルイスの「フラッシュボーイズ」からだと思います。この本は2014年3月に米国で出版されました(邦訳版は2014年10月出版です)。
これと同時に注目を集めたのがHFTを取り扱う「バーチュ・フィナンシャル」です。バーチュ・フィナンシャルはの2014年4月にNY証券取引所に上場の予定でしたが、フラッシュボーイズの影響で上場が無期限延期となります。同社が上場のために提出した資料によると、2009年から2014年までの5年間における日次勝率は99.9%(1278日のうち、わずかに1敗)でした。世論の後押しによって同社はインサイダーやフロントランニングなどの不正の容疑を掛けられ、米国司法省、FBI、証券取引委員会(SEC)が調査に乗り出します。
バーチュのその後の展開はあまり触れられませんが、これらの容疑は全て「シロ」であり、およそ1年後の2015年4月16日に上場を果たしています。バーチュからすれば、とんだ濡れ衣を着せられたわけです。
この本が出版されてから、バーチュのようなHFTファンドは徹底的に叩かれ、「日本にもフラッシュボーイズのようなファンドが存在する!」などの記事を見かけるようになりました。しかし実のところこの本の内容は2006年から2009年頃の話であり、しかも2009年には米国で規制も導入されています。従って2014年にはこのような話は既に賞味期限切れの話であり、これらは全て的外れの記事なのでした。
HFTの中には「悪質なもの」と「それほど悪質ではないもの」があるのですが、まずはフラッシュボーイズで話題となった悪質なHFTについて紹介します。
そもそもこの話を理解するためには、日本と米国の市場構造の違いを理解しておかなければなりません。日本の株式市場は東京証券取引所の寡占状態にあり、その取引数量は全体のおよそ9割を占めています。これに対して米国では、NY証券取引所(NYSE)の取引数量は株式取引全体のおよそ1割しかありません。米国ではNYSEやNASDAQなど11の取引所が存在し、それぞれが大きなシェアを持っています。さらにダークプールなどの取引所外取引も大きな割合を占めています。要するに、米国の株式市場構造は日本と違って非常に複雑であり、それ故の規制が存在するのです。
米国の規制によると、他の取引所に良い約定機会(すなわち有利な指値)がある場合、それよりも条件の悪い価格で自取引所で注文執行することはできません(レギュレーションNMS:National Market Systemといいます。フラッシュボーイズにも出てきます)。その場合、自取引所における注文は最良気配を持つ他の取引所へ回送されることになります。この注文回送という概念が、悪質なHFTの出現に大きな役割を担ったのです。
2006年に取引所外取引であるDirect Edge ECNは「フラッシュオーダー」と呼ばれる注文方法を導入します。フラッシュオーダーとは、最良気配市場へ注文回送する前に自市場でわずかな時間だけ注文を晒すものです。フラッシュオーダーは自市場での約定率の向上効果があると考えられ、またDirect Edge ECNは取引量も少なかったため、それほど問題視されていませんでした。
しかし、2009年6月に大手取引所であるNASDAQとBATSが周囲の批判を押し切ってフラッシュオーダーを導入したため、これに内在する問題に一気に火がついてしまいます。簡単に言うと、フラッシュオーダーはそれを拾える投資家と拾えない投資家で不公平が生じるのです。さらに、フラッシュオーダーをトリガーとして他市場に注文を先回りするという手法が注目を集めました。これが「悪質なHFT」であり、フラッシュボーイズの題材となっています。注文執行時間の差による非効率性を狙うもので、レイテンシー・アービトラージと呼ばれます。
結果として、米SECは2009年9月にフラッシュオーダーの規制案を提示することになります。その間わずか3ヶ月です。このBATS取引所が「フラッシュボーイズ」の舞台となっています。
なお付け加えておきますが、上記のとおり日本の株式市場ではその構造上、フロントランニングはできません。よって日本市場でフロントランニングがあるという記事は全て嘘っぱちです。証券会社が自社の中で注文を完結させるプライベートプールではその可能性が残りますが、当然ながら金融商品取引法で禁止されています。
さて、話はバーチュ・フィナンシャルに戻ります。では、バーチュはどのようにしてこのような不正を使わずに日次勝率99.9%を達成したのでしょうか?バーチュ・フィナンシャルのHFTの形態は次回に紹介します。